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路面電車環状線 きょう開業 富山

2009年12月23日

開業日を知らせる装飾で、環状線を試運転する新型車両「セントラム」=22日午後、富山市内で
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 富山市の路面電車環状線が二十三日開業する。環状化路線の運行は三十七年ぶり。公共交通機関を活用した「コンパクトシティー」を掲げる市が、高齢化への対応や市街地活性化、環境問題への対応などを狙いに復活させた。

 環状線は、JR富山駅と中心商店街を回る一周三・四キロの単線。既存の路線を、新設の約九百メートルのレールでつないだ。反時計回りで約二十分で運行する。
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 レールや環状線のために導入する新型車両「セントラム」など施設にかかる費用を市が負担し、富山地方鉄道が運行する「上下分離方式」で運営。総事業費は三十億円。

 開業日初日は午後一時から同市大手町の富山市民プラザで開業式がある。午後零時半~一時半には市民プラザ前で白、黒、銀の三色のセントラムの撮影会を実施。午後三~十時の間は「富山駅前」と「大手モール」から半周ずつの無料乗車もできる。 (渡辺ゆり)

路面電車の環状線開業を前に、中心部のにぎわいづくりへの意気込みを語る秋吉光雄さん(右)と克彦さんの親子=富山市大手町で
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60年ぶり 富山路面電車 大手通りに復活
中心部 元気の起点に
定期市運営老舗店親子『集客へ魅力アップ』

 二十三日に開業する富山市の路面電車環状線。このルートになっている富山城址(し)公園南側の大手通り(大手モール)を電車が走るのは終戦ごろ以来、約六十年ぶりだ。「ここからがスタート。中心部全体の魅力を高めたい」。通りで定期市「越中大手市場」を運営する秋吉光雄さん(73)と克彦さん(44)の親子は、にぎわいの復活を期待する。(渡辺ゆり)

 光雄さんは、大手通りで一八七二(明治五)年から続く呉服店「秋吉屋」の四代目。終戦前の様子を「市役所や図書館などが集まる官庁街だった」と振り返る。

 「代書屋や自転車屋、釣り具屋、靴屋…。町中の人が電車で訪れる“メーンストリート”だったね」。市郷土博物館によると、通りには一九一三(大正二)年から四五(昭和二十)年の終戦ごろまで路面電車が走っていた。

 戦後、空襲で焼けた市役所などはJR富山駅近くへ移転。路面電車はルートを変えて再開したが、マイカー普及に伴い廃線が相次ぎ、中心部のにぎわいも減っていった。

1955(昭和30)年ごろ、富山市西町の旧大和(右)の前を走る路面電車。今回の環状線化で、この区間も再び走る=富山地鉄提供
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 「時代の流れだからしかたない」と光雄さん。大手通りの商店も、後継者不足や駐車場がある場所への移転などで終戦直前に約三十あった店は、今は約二十店に減少。代わりに国際会議場やホテルなどの大型施設ができるなど整備が進む。

 二〇〇二年、大手モール振興会長を務める光雄さんが実行委員長となり、市民団体と協力して「越中大手市場」を始めた。第一、四日曜日に県産野菜や手づくりパンなど約三十店が集まる。

 線路工事中は中断していたが、実行委事務局メンバーの克彦さんは来年三月の再開に向け「市場の魅力を高めたい」と魅力的な商品やサービスを提供する出店集めを進めている。

 光雄さんは「通り全体でお客さんが来るよう努力したい。他の商店街にも人の流れをつくれれば」と期待を込める。“メーンストリート”の復活と、中心部全体の活性化へ。親子の夢を乗せて、路面電車が再出発する。
富山の路面電車環状線開業
金沢『うらやましい』

 富山市の路面電車環状線開業について市民団体「金沢・LRTと暮らしを考える会」の谷内昭慶代表(54)は「金沢としてはうらやましい取り組み」と話す。「富山市の掲げる“コンパクトシティー”は、外から見ても分かりやすいキャッチフレーズ。まさに路面電車で街づくりを進めており、企業進出もしやすいのでは」と評価する。

 金沢市にはかつて、路面電車の金沢市電が走っていたが、交通渋滞などを理由に一九六七(昭和四十二)年に廃止された。

 次世代型路面電車(LRT)を含む新交通システムについては、同市や石川県でつくる「新しい公共交通システム検討委員会」が九九年から三カ年かけて検討した。しかし採算性などから課題は多く、早期の導入は困難との結論だった。

 金沢市は北陸鉄道と協力し、JR金沢駅と市中心部を百円で結ぶ「兼六園シャトル」を十二月末まで平日昼にも運行するなど、バスの利用促進策を実施し、公共交通を優先した環境整備を段階的に進めている。 (村上一樹)

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